【御朱印めぐり】水戸東照宮(茨城県水戸市)徳川家康公のために創建された権現さん

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ちょこっと御朱印

水戸東照宮とは?

水戸東照宮(みととうしょうぐう)
〒310-0015茨城県水戸市宮町2-5-13
https://gongensan-mito-toshogu.jp/

水戸東照宮は茨城県水戸市、水戸駅近くにあります。
車だと、常磐自動車道水戸ICから約30分。
電車だと、JR水戸駅北口から徒歩5分。

ぴよちょこは車で行きました。
国道50号線を行くと、赤い鳥居があるので、その鳥居をくぐって左折して、坂道をあがると駐車場があるそうです。
ただ、ぴよちょこは別の道から行ったらしく、よくわからないまま、たどり着いた感じです;
たまたま水戸祭豐禮の日だったので、駐車場は締め切られていたからかも…。

ぴよちょこ
ぴよちょこ

近くの有料Pに停めました。
水戸駅の近くなので、駐車場はいっぱいあります。

水戸東照宮の概要

水戸東照宮は、元和七年(1621年)に水戸初代藩主徳川頼房公(家康の十一男)が、父徳川家康公の御霊を祀るために創建されました。

御祭神:徳川家康公(東照公)
配 祀:徳川頼房公(威公・水戸初代藩主)
御神徳:家内安全・交通安全・営業繁盛・学業成就・除災招福など。
神社本庁の別表神社

ぴよちょこ
ぴよちょこ

「権現さん」と呼ばれて、親しまれています。

水戸東照宮の歴史

元和七年(1621年)社殿をなどが完成した当初は神仏習合で仏祭だったそうです。
天保十四年(1843年)第九代藩主斉昭公が従来の仏祭を廃止、神道による祭祀にあらためられました。

※創建当初は、地名は霊松山と言われていましたが、第二代藩主光圀公により常葉山とあらためられたそうです。

昭和十一年(1936年)、初代藩主頼房公も配祀されました。当時、社殿は国宝重要文化財にも指定されていたそうです。
その後、太平洋戦争の空襲により、消失。現在の社殿は、戦後復興の昭和三十七年に建立されました。
しかし、東日本大震災によっても被災し、現在、復旧活動を続けられ、現在の形になっています。

水戸東照宮の境内

拝殿

常葉山時鐘
寛文7(1667)年、それまでの水戸城における太鼓による時報の代わりになるものとして、光圀の命によって鋳造された銅鐘です。
朱舜水の銘と序が刻まれていて、城内二の丸柵町門にかかげられ、時を知らせたそうです。
宝永元(1704)年に常葉山東照宮に納められました。その後、県庁に移されたものの、再び東照宮に収められたそうです。

銅造燈籠
徳川頼房奉納(水戸市指定文化財)

稲荷神社

安神車(あんじんしゃ)
水戸藩第九代藩主の徳川斉昭公が考案した戦車。

ぴよちょこ
ぴよちょこ

写真、撮ってませんでした…;

気になる方は水戸東照宮のホームページをチェックしてくださいね!

安神車写し銅造移動式茶室「せん茶」
斉昭公の安神車に着想を得て、建築家の藤森照信さんが設計した現代アート作品。
水戸芸術館での展示後、水戸東照宮に寄進されました。

※ 国指定重要文化財「則包作の太刀(のりかねさくのたち)」と茨城県指定文化財「総毛引紅糸李胴丸具足(そうけびきくれないいとおどしどうまるぐそく)」は、保管管理のため、茨城県立歴史館寄託されているそうです。公開展示の時に拝見できるそうですよ。

水戸東照宮の御朱印

御朱印はこちらでいただけます。拝殿の左手にあります。

ただし、コロナ禍のなか、書き置きのみでした。

ぴよちょこが頂いたのはこちら!
右の袋に入れて、いただきました。

水戸東照宮の周辺

宮下銀座商店会
水戸東照宮のお膝元(鳥居の隣)にある、商店街です。
ということで、こちらも水戸駅から歩いて5分。
赤い鳥居の先にある、レトロなアーケード街に和食、洋食、焼肉、中華などの飲食店が軒を連ねています。

ぴよちょこが行ったときはお昼間だったので、ほとんどの店が閉まっていましたが、なんだかとっても懐かしい感じのする街でした。

ぴよちょこ
ぴよちょこ

夜はどんな感じなのかな?

夜に行かれた方は、立ち寄ってみてください!

どうもありがとうございました。

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